東京農工大学は東京にある国立大学で、大学名通り「農」と「工」について専門的に学ぶことができます。都内郊外のゆったりとしたキャンパスには落ち着いた雰囲気が流れ、学生たちは自分たちの関心のある分野を学び、実際に体験することができます。多くの学生が学部卒業後も大学院に進むなど研究面でも高い評価を得ているこの大学での学び・生活についてこの記事では書いていきます。
東京農工大学の「農」と「工」はそれぞれ全く異なる経緯をたどってきました。1949年、新学制の下で「農」の東京農林専門学校と「工」の東京繊維専門学校が合併して東京農工大学となったのです。
東京農工大学の前身は1874年に内務省勧業寮内東進塾出張所に設立された農事修学場と養蚕試験掛です。前者は1886年に東京農林学校となり、その後東京帝国大学に組み込まれ1935年に再び独立、1944年に東京農林専門学校と改称されました。一方で後者は幾度かの再編成・改称を経て1914年に東京高等蚕糸学校となり、1944年に東京繊維専門学校となります。そして両者が1949年に合併し東京農工大学の工学部と繊維学部となるのです。養蚕業の衰退を理由に1962年に繊維学部が工学部に改称され現在に至ります。
大学憲章の中で、基本理念を「20世紀の社会と科学技術が顕在化させた『持続発展可能な社会の実現』に向けた課題を正面から受け止め、農学、工学およびその融合領域における自由な発想に基づく教育研究を通して、世界の平和と社会や自然環境と調和した科学技術の進展に貢献するとともに、課題解決とその実現を担う人材の育成と知の創造に邁進すること」としています。
この理念の下で科学技術系の大学に相応しい学識や高い倫理観、広い国際感覚を以て人類社会に貢献しうる指導的研究者・技術者・高度専門職業人の養成・輩出を教育目標としています。[i]
東京農工大学は研究大学として世界で高い評価を得ています。イギリスの大学評価機関QSのアジア大学ランキングで教員当たり論文数国内1位、総合TOP1%(アジア116位)を獲得し、分野別世界大学ランキングでは農林学部門で国内3位と評価されました。また産学官連携の分野においても優れた成果を残している大学の一つです。教員当たりの民間企業との共同研究実施件数は国内1位であり、大学発ベンチャーを支援する取り組みも行っています。
政界・財界・官界・学界に多数の著名人を輩出しており、動物学者でテレビ番組「どうぶつ奇想天外!」などにも出演した千石正一さん、生態学者で紫綬褒章を受章した宮脇昭さんなどがいます。その他、芸能界ではミュージシャンでバンド「ゲスの極み乙女。」の川谷絵音さんと休日課長さん、お笑いコンビ「ハマカーン」の浜谷健司さんと神田伸一郎さんも農工大学のOBです。珍しいジャンルの有名人では昆虫写真家の海野和男さん、また競馬の調教師も多数輩出してきました。
1962年以来、学部は農学部と工学部の2つが設置されその下には11学科が置かれています。東京都郊外の2キャンパスはゆったりとした時間が流れており、静かな環境で勉学・に集中し、そして友人たちと豊かな交友関係を築くことができるでしょう。
農学部の下には生物生産学科、応用生物科学科、環境資源科学科、地域生態システム学科、共同獣医学科が設置されています。また工学部では2019年度より学科の改組が行われ、生命工学科、生体医用システム工学科、応用化学科、化学物理工学科、機械システム工学科、知能情報システム工学科の6つが置かれるようになりました。
学科ごとの入学定員は以下の表の通りです。
表1 学科ごとの定員
(髙橋作成、転載は名前・記事名を明示の上で許可)
また学生の内訳を見ると生物生産学科や共同獣医学科などで女子の方が男子より多く、農学部全体を見ても男女比はおよそ1:1になっています。一方の工学部の男女比は8:2です。理系の大学と聞くと「ほぼ男子校」のようなイメージがある人もいるかもしれませんが、この大学においてはそんなことはないようです。
キャンパスは府中と小金井にあります。
府中キャンパスは主に農学部が置かれており、JR中央線の国分寺駅か京王線の府中駅からバスで7~10分、もしくはJR武蔵野線の北府中駅から徒歩12分の位置に立地しています。
また小金井キャンパスには工学部などが置かれており、JR中央線の東小金井駅から徒歩6分です。東京都の郊外に立地し非常に静かな環境で生活できます。
各キャンパスには校舎や研究施設、図書館などの他、体育館やグラウンド、購買・食堂などがあり、珍しいものでは府中キャンパスにはゴルフ練習場や乳牛舎・厩舎、小金井キャンパスには科学博物館などもあります。
この項では各学科での教育などについて詳しく見ていきます。
農学部
生物生産学科[ii]:農産物の生産から消費まで「農の営み」に関する学問分野を広く対象とし、日本・世界の農業の理解と農業に関わる専門的な知識の習得を目指します。またこれらの知識を食料自給率向上やバイオマス利活用技術の開発、農業の多面的機能の利用などに貢献できる人材を育成します。
工学部:2019年度の改組により3つの専門性を持つようになり、「バイオ・医工系」として生命工学科と生体医用システム工学科が、「エネルギー・環境・マテリアル系」として応用化学科と化学物理工学科が、「モビリティ・ロボティクス・コンピュータ・AI系」として機械システム工学科と知能情報システム工学科が設置されました。
教育上の特徴の一つに「少人数教育」があります。学生数の規模もそこまで多くなく、教員1人当たり学生9人という割合なので丁寧な指導を受けることができます。また、後の項でも触れますが高い大学院進学率も特徴です。農学部からは57%が、工学部からは79%が大学院に進学し専門的な研究を続けています。研究面での特徴は実践力の高さでしょう。教員当たりの民間企業との共同研究実施件数は全国の大学で第2位であり、また外部資金比率(共同研究、受託研究、寄付金など外部から獲得した資金の割合)は第5位となっています。このような環境で研究を行うことは将来企業に就職した後でも財産となるでしょう。
取得できる資格は学部・学科によって大きく異なりますが、主なものを下の表に示しました。
表2 取得可能な資格(一部)
(髙橋作成、転載は名前、記事名を明記の上で許可)
名物行事は「農工祭」と「小金井キャンパス祭」の2つの学園祭です。
「農工祭」は11月上旬に3日間府中キャンパスで行われます。一番の魅力は農学部が制作したオリジナル商品が手に入ることです。大学の「農学部附属広域都市圏フィールドサイエンス教育研究センター」で生産された農産物で、特に野菜直売と味噌乳酸菌市は毎年大人気の企画で、近隣の住民の方も多く訪れています。子どもを対象とした馬や小動物と触れ合える企画などもあり、地域に密着した取り組みが特徴の一つです。模擬店も特徴的で、自主ゼミが収穫したサツマイモを使用した芋きんつばなどユニークな商品があります。この他にもアイドルライブやお笑いライブ、ダンスやバンドサークルによるパフォーマンス、ミス・ミスターコンテストのような学園祭らしい企画もありますが、落ち着いた雰囲気の中で農工大生同士が楽しむイベントが多く、アットホームな学園祭と言えるでしょう。
「小金井キャンパス祭」は5/31の大学創立記念日に合わせ5月下旬に開催されます。キャンパスツアーや模擬店、ジャグリングや軽音部などの部活・サークル発表会などの企画が行われます。また、当日は「国際博物館の日」記念イベントがキャンパス内にある科学博物館で開催されます。「農工大で博物館を楽しもう!」と銘打ち、カイコの生態展示や繊維機械の動態実演、折り紙教室などの体験イベントが催され、幅広い年代の方に博物館の社会的役割を知ってもらうことを目的としています。
特徴的な授業としては1年生の「農学基礎ゼミ」が挙げられます。これは他の学科の先生が開く授業を選択し、10人前後でゼミ形式の講義を行うものです。この授業により大学における学びの仕方などを知ることができます。
この他にも植物の栄養素について学ぶ「植物栄養学」(農学部)、植物ホルモンなど植物生理の根幹について学ぶ「植物生理学」(農学部)、コンピュータと実世界をインターフェースする仕組みなどを学び、最後にロボット等を作り発表する「メカトロニクス」(工学部)などが学生たちの満足度の高い授業です。
地域生態システム学科の授業には、実習での緊急時(熊や蜂と遭遇した時)の対処法や命綱の使い方を学ぶ「フィールド安全管理学」、そして実際に様々な場所で実習を行う「地域システム学実習」などが面白いそうです。
著名な教員や関係者には農業経済学者で勲二等瑞宝章も受章した元学長・名誉教授の梶井功さん、生化学者で瑞宝重光章を受章した名誉教授の遠藤章さん、ロボット研究者で愛・地球博の全身筋骨格ロボットや植物ロボットを開発した准教授の水内郁夫さんなどがいます。
東京農工大学は国立大学ですが多くの入試方式が用意されています。難易度には学部・学科によって幅があるものの、やはり最も難しいのは日本でも数少ない獣医学科である共同獣医学科でしょう。後期試験も多くの学科で偏差値が高くなっています。また、工学部は最近学科の再編があったため今後人気も高くなっていく可能性があります。
入試方法は一般入試と、ゼミナール入試(AO入試)、SAIL入試(AO入試)、推薦入試などの特別入試があります。また、一般入試は前期日程と後期日程の2つがあります。入試方式ごとに実施される学部・学科は以下の通りです。
表3 入試方法ごとの実施学科
(髙橋作成、転載は名前、記事名を明記の上で許可)
一般入試の受験日は前期が2/25、後期が3/12です。センター試験では5教科7科目(国語、数学、理科、外国語、地歴公民。共同獣医学科のみ理科の選択科目が異なるので注意。)を受験し、その後個別試験で数学、理科、外国語の3教科を受験します。また後期試験の個別試験は農学部が外国語の1教科、工学部は前期試験と同じ3教科の受験が必須です。
2種類のAO試験は書類審査や面接、課題レポートやプレゼンテーションなどにより選抜されます。ゼミナール入試はセンター試験の受験も必要です。また推薦入試は書類審査とセンター試験の成績が評価対象です。
学科別に偏差値を見ると、前期試験は共同獣医学科や応用生物科学科などで高く60前後となっています。また後期試験は募集人数も少ないためどの学科でも偏差値は高く、特に共同獣医学科では70ほどにもなりセンター試験も90%の得点率が必要です。その他の学科では80%程度取れれば大丈夫でしょう。
授業料は全学部・学科共通で年額535,800円、入学料は282,000円で他の国立大学と同じ金額です。初年度納入費は817,800円で、特に獣医学科としては非常に安いのではないでしょうか。
奨学金制度については、大学独自の奨学金制度として「東京農工大学遠藤章奨学金」があります。これは医学分野で世界的に活躍した遠藤章元教授の寄附を原資としたもので、経済的理由で修学困難ながらグローバル人材になり得る優れた学部学生(3年次以上)に月額10万円を給付します。
その他にも「一般財団法人東京農工大学教育研究振興財団奨学金」(学業・人物ともに優秀な大学院生に対し10万円給付)や「東京農工大学奨励奨学金」(優秀な学生の博士課程進学を奨励する目的で30万円給付)、日本学生支援機構奨学金や地方公共団体・民間奨学金制度があります。また経済的理由により入学料や授業料の納入が困難な学生は授業料・入学料免除や徴収猶予の制度も利用することが可能です。
学生寮は「檜寮」「楓寮」「欅寮」「桜寮」の4つがあり、檜寮と楓寮の2つは府中キャンパス隣接地に、欅寮と桜寮の2つは小金井キャンパス隣接地にあります。入寮条件・対象は経済的困窮度が高く遠隔地のため通学が困難な学生です。また、食事は出ませんがほとんどの寮は居室にミニキッチンが設置されています。(楓寮のみ共有)以下に各寮の特徴について記していきます。
多くの卒業生が大学院に進学しています。平成30年度学部卒業生のうち、進学者は約70%、就職は約26%でした。工学部を中心に大学院進学率は非常に高く、よりレベルの高い研究を続ける学生が多いようです。
学部ごとに就職先を見ると、両学部に共通して多いのは製造業で、農学部からは学術研究、専門・技術サービス業や農業・林業へ進む学生が多く、工学部からは情報通信業へ進む学生が多いのが特徴です。在学中に学んだことを活かせるような業種に進む傾向が見られます。
また、特徴・資格の章でも書いたように、工学部を中心に大学院に進む学生が半数以上です。修士課程から博士課程に進む学生は10%程度とそこまで多くはありませんが、多くがレベルの高い研究を続けています。大学院工学府からは製造業や情報通信業、農学府からは製造業や農・林業、学術研究、専門・技術サービス業、生物システム応用科学府からは製造業や情報通信業に進む学生が多いです。
大学院には工学府、農学府、生物システム応用科学府、その他いくつかの研究科が設置されています。それぞれの学府の下に置かれている専攻は以下の通りです。
大学の雰囲気は一言で言えば「アットホーム」です。郊外のキャンパスは都内にありながらも落ち着いた空気が流れ、特に農学部の府中キャンパスは緑や畑が多く自然も豊かです。
また農学部に附属した広域都市圏フィールドサイエンス教育研究センターでは毎週2回「農工夢市場」を開催しセンターで生産された農産物(野菜や果物)や加工品(アイスクリームやジャム、乳酸菌飲料や味噌など)、大学オリジナルの焼酎などを販売しています。近隣住民の方も多数訪れ、地域に根付いた大学の在り方を示していると言えるでしょう。
学生の雰囲気も「いい意味で地味」で、まじめだという声がありました。学科の人数は少数で、同じような趣味・興味を持つ人もいるので一人ひとりと仲良くなることができます。近くに他の大学はあまりないため学外とのつながりは少なく、学部によりキャンパスも違うため知り合いをたくさん作るのには向いていません。しかし部活やサークルなどは活発に活動しておりその中で恋愛関係になることも多いようです。部活・サークルは体育系、文科系などたくさんあります。独特なものではツーリングカヌー部やハイキング部、ミニホースの会、昆虫研究会、植物研究会、野生動物研究会などです。また、農学自主ゼミとして狩り部や変わり種工房(「固定種」と呼ばれる野菜を育て良いタネを収穫・保管する)、森づくりの会(植林から間伐、更に鹿対策といった森林の管理やキノコ栽培を行う)などがありそれぞれ自主的に活動しています。他の大学と比べても学び、自ら体験するサークルは充実していると言えるでしょう。
最後に、東京農工大学では非常に満足度の高いキャンパスライフを送ることができます。学生を対象にしたアンケートでは90%近い学生が「満足している」と答え、全国大学生活協同組合連合が行った調査では「大学が好きランキング」で調査校のうち5位でした。都心にある大学のようなキラキラしたキャンパスライフとは違うかもしれませんが、自分の興味・関心のあることをとことん突き詰めたい、実際に体験したいという人にとっては非常に充実した環境であることは間違いありません。
参考
[iii] 東京農工大学HP 「学部・大学院 農学部 応用生物科学科」
[iv] 東京農工大学HP 「学部・大学院 農学部 環境資源科学科」
[v] 東京農工大学HP 「学部・大学院 農学部 地域生態システム学科」
[vi] 東京農工大学HP 「学部・大学院 農学部 共同獣医学科」
[vii] 東京農工大学HP 「学部・大学院 農学部 共同獣医学科」
[viii] 東京農工大学HP 「学部・大学院 工学部 生命工学科」
[ix] 東京農工大学HP 「学部・大学院 工学科 生体医用システム工学科」
[x] 東京農工大学HP 「学部・大学院 工学部 応用化学科」
[xi] 東京農工大学HP 「学部・大学院 工学部 化学物理工学科」
[xii] 東京農工大学HP 「学部・大学院 工学部 機械システム工学科」
[xiii] 東京農工大学HP 「学部・大学院 知能情報システム工学科」
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