「こういうものだから」と流していない?勉強で「理解する」ことの必要性

これでもあなたも説明上手?; 説明がうまいと思ったエピソード集

手前味噌ですが、塾講師のアルバイトで自分の説明がアップデートされた過程と、それによって構築された勉強における意識の話、私が授業を受け持った生徒にほぼ伝えていることの話です。

メインテーマは「関数の考え方」です。

私が大学1年で塾講師のアルバイトを申し込んだ時点では、関数についての説明において、自分でもうまくいっていないというのが明らかで、正直これで大丈夫なのかと思ったこともあります。

勿論、横浜国大理工学部に所属しているということで、理系として数学Ⅲまで履修し、大学でも日常的に数学を使う立場であるわけですが、実はよくわかっていなかったというのが実態で、不安を抱えながら授業を行っていたのが正直なところでした。

どのように説明すれば初学者にも理解できるのか、ようやく答えが出たのが大学2年の後半で、制御工学の講義を受けて、入力・出力の関係を強く意識するようになったことがきっかけでした

当時、学園モノのドラマで教師が生徒に指数関数を教えるのに悪戦苦闘していたシーンを見て、「自分ならどう教えるか」を考えたのですが、そのとき大学の講義の内容とがそこで結びつき、「これだ!」と思ったのです。関数 y=f(x) が与えられたとき、変数のxは「入力」であり、値として得られるyは「出力」なのです。

具体的に説明しますと、例えばスマートフォンでは、画面の決まったところをタップするとアプリを開いたり、文字を打ったりできますし、電子レンジでは、ボタンを押すとそれに対応する決まった挙動をします。テレビやエアコンなどはリモコンを介しますが、押されたボタンに対応する挙動をすることは変わりません。

これらの「タップする」「ボタンを押す」という行為が「入力」で、「アプリを開く」「温め方を設定する」「チャンネルを変える」などの機械側が我々に返す挙動が「出力」です(実際の機械設計ではこのように単純にいかないこともありますが、ユーザー目線で1対1の挙動を考えるならこれで十分です)。これを関数に置き換えてみましょう。y=2x+1[/layex]という1次関数を例とすると、[latex]x=2を代入する行為が「入力」で、そこから計算してy=5という値を得ることが「出力」となります。

[図1, 関数における入力と出力のイメージ]

反対に、「出力」から「入力」を推測することもできます。

機械を操作している時でも、自分の予想と異なる挙動がなされた場合「あれ、どこを押したんだ?」と考え、よく見たら隣のボタンだった、1回多くタップしたと認識された、なんてことがあると思いますが、これは、さきに「出力」を見て、そこから「入力」を理解するという流れです。

先ほどのy=2x+1の例でも、y=7という「出力」を先に見せられたら、その値を式に代入してx=3という「入力」にたどり着くことができます。以上の仕組みが理解できれば、式が複雑になっても同様に考えることができます。

普段の生活で様々な機械の力を借りている現代人なら、人がボタンを押す「入力」と機械がそれに対応する決まった挙動を返す「出力」の関係を体感しているのです。これを説明すればよいのではないか、と思ったのです。

そこで新たな疑問が生じました。機械の操作なら皆やったことがあり、また数学で大学入試をくぐり抜けてきた人間なら関数についてはよくわかっているはずです。しかし、なぜ今までうまく説明できなかったのか。そして、なぜ関数について理解できない人間が多くなるのか。

現に、この「入力と出力の関係」というものを説明した生徒は(元々理解力のある生徒でしたが)納得したと言ってくれましたし、そもそもそれが関数の本質ではないかと自分でも考えました。それで、先ほどの2つの疑問の(私の)答えが出ました。

一言で表現すると、「理論を理解しないまま勉強が進むから」です。

「関数」と聞いて、「入力と出力の関係」と答えられる人はそうそういないでしょうし、高校入試や数学Ⅰの関数で躓いて数学が苦手になる人もいるでしょう。問題の解き方をしっかりマスターして、機械的に処理できるような人なら乗り切れるかもしれませんが、私はそれでは危険だと思います。

それは、「応用が利かなくなる」というリスクを孕んでいるからです。「2次関数まではできたけど、指数・対数・三角関数になってからできなくなった」というのはこのためです。

べき関数の場合は、中学生の頃から長らく見慣れた式で表せる関数を扱うため、できる(ように見える)のですが、指数・対数・三角関数となると、見慣れない式でいきなり関数の話になり、すぐに方程式、不等式、微分積分へとステップアップするため、「べき関数と同じ勝手でやればよい」という認識や「入力と出力の関係がわかれば大丈夫」という余裕もないままに、どんどん先へ進んでいってしまい、根本的な考えについて助言してもらえる機会もない(作らないという生徒自身の問題になる場合もありますが)という最悪な状況に陥るというわけです。

この「理論」というものが重要で、「問題が解ければいいや」と飛ばしてしまうわけにはいきません。

学校の教科として勉強する内容というのは元々自然と身につけるのが難しいもので、必要なときはわかる人に教えてもらいながら、少しずつ自分のものにしていくものです。その過程で「こういうことか!」という「腑に落ちるポイント」があるかどうかで理解度が大きく変わると考えています。

きちんと理論が成立していて、納得できるようにできているのが教科書の内容です。自分の頭の中で定義や公式などの要素が矛盾なくつながり、さらに注目すべき点がどこなのかが明確になると、「こういうことか!」と「腑に落ちる」のです。ここを超えられると、その分野は一気に定着まで持ち込めますし、応用も利きやすくなります。

関数の話を使ってここまで述べてきましたが、他の分野や英文法などでも同じことがいえます。

  • なぜ、どういう考えでその解法になるのか
  • 応用問題では使うべき定理や公式とその順番をどのように決めていくのか
  • 証明の書き方はどうすれば矛盾なく伝わるのか

そういったことを意識するだけでも大きく変わります。

英文法でも、どこが書き換わるのか、なぜその語順になるのか、ということを考えるだけでシステマティックに理解することができます。最初は正解にたどり着くだけで精一杯でしょうから、解いた後に振り返るという方法でも大丈夫です。

「こういうものだから」と適当に流してしまわずに、一歩踏み込んだ姿勢で問題に取り組む。そこを重要視すれば勉強は改善できると考えています。

私は、このことにもっと早く気づいていればという後悔とともに、同じような失敗をする人間を増やしたくないという考えのもと、多くの人にこの話をしたいと思っています。

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