モダニズムの芸術を知る。Part2.ダダイズムからシュルレアリスムへの過渡期に現れた孤高の芸術家

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はじめに

みなさんは、20世紀の芸術というと何を思い浮かべるでしょうか?

ピカソのキュビスム絵画や、ダリやマグリットのシュルレアリスム絵画、デュシャンのオブジェなど思い浮かべる人が多いでしょうか。抽象絵画では、モンドリアンやポロックの作品はみなさんにもイメージしやすいかもしれません。

ここでは、1910年代に起こったダダイズムや、形而上絵画、その後のシュルレアリスムについてその思想や背景がわかるようにまとめてみました。

美術と聞くと敷居が高いと感じる人もいるかと思いますが、美術史は歴史の領域の学問です。芸術家の活動や思想は社会の状況と密接に関係しているので、美術史を学ぶことは世界史を普段と別の角度から考えることにもつながると思います。

それでは見ていきましょう!Part1では、「モダニズムとは?」「ダダイズムとは?」の二つを解説します。Part2では、シュルレアリスムと、それに影響を与えた画家、ジョルジョ・デ・キリコについて解説します。

Part.2 ダダイズムからシュルレアリスムへの過渡期に現れた孤高の芸術家

ここでは、シュルレアリスムとはどんなものか、また、ジョルジョ・デ・キリコの形而上絵画がシュルレアリスムにどんな影響を与えたのか、の2点を簡単に解説したいと思います。

シュルレアリスムとは?

シュルレアリスムは1910年代後半からパリを中心に広がり、アンドレ・ブルトンによる「第一宣言」(1924)を機にグループとして成立しました。シュルレアリスムというと絵画のイメージが強いかもしれませんが、絵画だけでなく文学においてもその手法が用いられていました。

アンドレ・ブルトン(1896~1966)

 ブルトンが「第一宣言」でも述べているように、シュルレアリストたちは「夢の全能と打算のない思考活動」を掲げ、自動記述などの理性の一切介さない手法を実践したり、夢・幻想の領域を積極的に描くことで、20世紀の芸術に革新をもたらしました。

アンドレ・ブルトンは、著書『シュルレアリスムとは何か?』の中で、シュルレアリスムについてこのように述べています。

「ぼくが現に考えているシュルレアリスムは、この現実世界の訴訟にあたって、シュルレアリスムを被告に有利な証人として召喚するなどということが問題となりえないように、我々の絶対的な非順応主義を要求している。また、シュルレアリスムは、その反対に、われわれがこの地上で首尾よくたどり着くことを切望している、完全な解放の状態のみを正当化しうるだろう。(中略)シュルレアリスムは、われわれがいつの日か、それをわれわれの敵のうえに差し向けることのできる<不可視光線>である。<人間よ、きみはもうふるえることはない。>今年の夏、バラは青い色をしている。森は、ガラスでできている。緑の中に敷きつめられた大地は、幽霊とおなじように、ほとんどぼくには何の印象も与えない。生きることも、生きるのをやめることも、ともに想像のなかでだけの解決にすぎない。生活は、もっと別なところにあるのだ。」

シュルレアリストたちは夢を強調し、無意識の領域を表現に反映させるなど現実離れしているように感じるかもしれませんが、一方で社会の改善にも強い興味を示していました。上に引用したブルトンの発言は、シュルレアリスムが芸術の新たな手法として単に斬新で面白いだけではなく、強い政治性・革命性を持ち、自分たちの生の問題を社会に訴えかけようとしていたのだということがわかります。

デ・キリコ

シュルレアリスムはダダの芸術家から強い影響を受けましたが、もう一人、影響を受けた画家がいます。それが、ジョルジョ・デ・キリコです。

ジョルジョ・デ・キリコはイタリアの画家で、1910年代に彼が創始した形而上絵画は今でも人気を誇っています。シュルレアリスムに比べると一般の認知度はやや低いかもしれませんが、近代絵画を代表する重要な画家の一人なので美術史に関心のある人なら一度は名前を聞いたことがあるかもしれません。

ジョルジョ・デ・キリコ(1888-1978)

彼はニーチェやショーペンハウアーの哲学から非常に強い影響を受け、啓示によって現れた、日常の風景の背後にあるもう一つの現実を描き、シュルレアリストたちから賞賛を得ました。ところが、1920年代以降は古典主義的な画風に一変し、シュルレアリストから非難を浴び、両者は激しく対立するようになりました。彼はその毒舌ぶりが特徴で、1980年に出版された自身の回想録では、シュルレアリスムを中心とする近代絵画に対する痛烈な批判が並べ立てられています。

彼の作品は時期によって様式が全く異なるのですが、その中でも最も評価が高く、後のシュルレアリスムの先駆けともなったのが1910年代の形而上絵画です。形而上絵画では、イタリアの広場・室内の様子が多く描かれるのですが、そこには顔の描かれていないマネキンや手袋、マント、彫像などが頻繁に描かれ、それらは非現実を思わせるように、無意味に配置されています。彼の手法はシュルレアリストの自動記述とは異なり、意識的に無意味を生じさせるというものですが、このような唐突な物の配置は、事物を本来の文脈から切り離し、再配置するというシュルレアリストの手法(デペイズマン)を先取りしていたと言えます。

ジョルジョ・デ・キリコ《不安を与えるミューズたち》(1916-18)

また、キリコの描く形而上絵画では、非常に広い空間であるのに全く人気がなく、広場の横や正面にある建物は異常なまでに誇張された遠近法で描かれていて、いかにも無機質で不思議な雰囲気が画面全体を漂います。こうした、夢の中を再現したかのような神秘的な空間表現はダリマグリッドのような後期シュルレアリスムを代表する芸術家に多大な影響を与えたとされています

最後に

人は絵画を鑑賞する時、その中に自分の似姿を探すと言われることがあります。作品はその完成とともに作者の手を離れ独立したものとなり、鑑賞者のバックグラウンドからの影響を受けながら、一人一人異なる解釈を持つ作品になってゆきます。その行程のなかで人はその作品の中に自分を見つけるのです。その先には、発見か、驚きか、安心感か、悲しみか、ただただ圧倒されて立ち尽くすだけなのか、何が待っているのかわからない。そこにこそ、芸術の面白さがあるのだと私は思います。

私の場合は美術館に行くと、特にモダニズム絵画の部屋たどり着いた時に胸騒ぎがするのを感じます。20世紀という動乱の時代を生きた人々が、芸術とは何かを生涯かけて考えた結果の産物として、モダニズム絵画に向き合ってみると、引きつけられずにはいられない魅力がそこにはあります。また、そうでなくとも単純にその斬新さ、奇怪さ、(いい意味での)わからなさに好奇心をそそられ、わくわくしてしまう自分がいるのです。

本記事が、今後みなさんが美術館などでモダニズム芸術に触れる時に今以上に楽しめるようになる手がかりとなれれば幸いです。

参考文献

  • 『オックスフォード西洋美術事典』、講談社、1989年
  • マシュー・ゲール『ダダとシュルレアリスム』、岩波書店、2000年
  • アンドレ・ブルトン『シュルレアリスムとは何か』、秋山澄夫訳、思潮社、1994年
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