政治経済をサクッと復習!「近代民主主義」の成立

政治経済

今回のテーマ

 今回は近代民主主義の成立について学んでいきます。今の日本が民主主義国家なのはみなさんも知っていると思いますが、そもそも民主主義がどのような過程を経て成り立っていったのか、時代を追って確認していきたいと思います。

民主主義の源流

基本的な民主主義の形は古代ギリシャで生まれました。ポリス(都市国家)と呼ばれる国家形式は、紀元前5世紀ごろのアテネでは18歳以上の全男性市民が話し合いに参加し、政策を決定する直接民主制が敷かれていました。

この段階ではまだ国家としての規模も小さかったため、この形式でも政策決定が可能でした。しかしながら、この方式では国家の人数が大きくなるにつれて困難になります。結果、この形式は今では国家の政治体制として取られることはなくなりました。

しかし、民主主義という政治をそこに住む人たちひとりひとりが担うという政治体制の成立は紀元前よりあった事自体はしっかり覚えておきましょう。

市民革命と絶対君主制

近代的な民主主義の始まりは17~18世紀の市民革命によって成立したと言われています。

ここで欠かせないのは、絶対王政と民主政の違いを整理することです。下の図で、それぞれの特徴を確認していきましょう

絶対王政 名称 民主政
国王 主権者 国民
王権神授説 根拠 各個人の権利

絶対王政、または絶対君主制、絶対主義国家と呼ばれる政治体制において、すべての権力は国王に集中していました。代表的なのはイギリスのチャールズ1世(1600-1649)や、フランスのルイ16世(1754-1793)が挙げられるように、16世紀~18世紀まではこのような絶対王政がヨーロッパでは一般的な政治体制となっていました。

そして、この統治体制を学問的な分野から強力にサポートした理論として、王権神授説が挙げられます。

王権神授説が保証する正当性

王権神授説はフィルマーやボシュエのほか、イギリス国王ジェームズ1世などが唱えた理論です。

現代から見たら暴論に思えるかもしれませんが、当時の政治権力の正当化のために「国王の権力は神から与えられたものであり、国王は国民ではなく神に対して責任を負う」として、国民の服従を要求しました。

また、当時の教会勢力や封建貴族を押さえるためにボーダンが執筆した国家論は、主権の絶対性を初めて理論的に説いた書籍ですので、絶対王政というワードとセットで覚えておきましょう。

一方、絶対王政は当然大きな反発を呼ぶこともありました。元々の経済力の差があった時代は、絶対君主制の中で権力者の保護を受けるほうが有利だったのですが、時代が進むにつれて市民階級の中にも経済力のある商工業者、ブルジョワジーが発生しました。

彼らは経済力をつけた結果、これまでなかった経済の自由や信仰の自由を求めて絶対君主に対抗しました。当然、国王側も様々な圧力で対抗しましたが、最終的にはこの流れが市民革命へと繋がります。

市民革命を下支えした理論

しかしながら、これまでの政治体制を打ち破るとなると大きな困難が生じます。その中で、様々な思想家が政治的な思想を打ち立てることで、その革命を後押ししました。

ホッブズは清教徒革命(1642~1649)期の思想家で、社会契約に基づく強大な国家像を志向しました。主著の「リヴァイアサン」では、人間が皆等しく持っている自然権として事故保存の自由があるとした上で、そのままの自然状態では個人同士が争い、「万人の万人に対する闘争」状態に陥ってしまうとしました。

そのため、社会契約を結び、主権者にその権力を全面的に譲渡し、その支配に従うことで強大な国家を構築しようとしました。

しかし、ここで一つ大きな問題が発生します。これでは、以前の国家元首である絶対王政とほとんど変わらないのではないかという疑問です。実際に、絶対王政の擁護者という批判も受けることになってしまいました。

少し時代が流れ、名誉革命(1688)の頃にはロックが思想家として市民革命の理論化を行いました。主著「統治二論(市民政府二論)」では人間は自然状態ですでに生命・自由・財産権といった自然権を持っているが、社会契約という形で政府を作り、その保全を政府に信託するという理論を打ち立てた。

この契約による信託というものが大事で、これにより政府が信託に背くような事態が発生した際には団結し、抵抗権を行使して政府を変えることが出来る、つまり革命が起こせると主張しました。

ロック自身は代表民主制を理想として、この主張をもとに名誉革命を擁護しました。

更に時代が進み、フランス革命期(1789~99)にはルソーが思想家として活躍しました。「社会契約論」はフランス革命以前に執筆されたもので、ここでは自然状態が自由平等であるとしてあります。

しかし、私有財産が貧困や不平等、暴力を生み出してしまったため社会契約を結び、社会共同の利益を目指すことのできる一般意思にすべての権利を移譲すべきだと述べました。

ここで気付いた方もいるかも知れませんが、ルソーの主張はより直接民主制を志向しているため、代表民主制に対しては批判的な目を向けていました。

ここまで出た思想家を3人まとめて、この章のまとめにしようと思います。

ホッブズ ロック ルソー
時代 清教徒革命 名誉革命 フランス革命
主著 リヴァイアサン 統治二論 社会契約論
自然状態 万人の万人に対する闘争 保護が不確実な権利 自由・平等

次回は、近代民主主義の基本原則である立憲主義、人権や権力の分立といったところを中心に扱っていきます。

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