勉強したくても時間がない?時間の上手な使い方

その他

こんにちは。

最近生徒たちの口から、時間がないので思ったように勉強が進められない、といった声をよく聞くので、今日はそれについて書いてみたいと思います。

時間がない』というのは、言葉どおり、やりたい事・やるべき事の想定される所要時間に対して、実際に使える時間が十分でない、ということだと思います。

でも、人間に与えられている時間というのは、地球上の人種年齢性別地域にかかわらず、全ての人に共通して、1日あたり24時間です。

時間の概念にあまりとらわれずに生きている幼少期は別として、どんな年代の人に聞いてみても、『時間がたっぷりある』と思っている人はあまりいないのではないでしょうか。

ということは、その『ない』時間の中でも比較的やりたい事ややるべき事を予定どおりに済ませるためには、『時間の使いかた』を上手にすればよい、ということになる訳です。

でも『時間の使いかた』は、だれでもそう簡単に上手にできるわけではありません。

だからこそ、時間に追われて、やるべき事が予定どおりに終えられない、「ああ、時間がもっと欲しい」と思う人の方が多いのです。

でも、少数派ではありますが、中には小学生でも時間の使いかたがとっても上手な人もいます。

そういう人を見ていると、

  • やりたい事とやるべき事の中で、先にやるべき事を片付けている
  • どれがやりたい事で、どれがやるべき事なのかハッキリと区別がついている
  • やるべき事が、1日に対して割り振られている
  • やるべき事それぞれの所要時間が見積もり出来ている

という特徴を主に呈しているようです。

逆に、常に「時間がないからやるべき事が出来なかった」という人は、

  • やりたい事とやるべき事の中で、先にやりたい事に手を出してしまう
  • やりたい事とやるべき事の区別があいまい
  • やるべき事をいつどれだけやるのか、という計画が全く立てられていない
  • やるべき事の所要時間が全く想定出来ていない

という、正反対の特徴を持っているようです。

先日、親御さんからご相談のあった高校三年生の受験生の男のお子さんの場合も、典型的に後者の特徴を持っていました。


学校からの帰り道、電車に乗っている40分の間はずっとスマホをやっている。

帰宅して着替えたらまず、ごろっとしてスマホの続きかゲームをやるかマンガを読む。(本人としては6時間授業で疲れているので、自宅学習に取り掛かる前の気分転換の時間だそう。)

6時間授業で疲れ切っているので、そのままウトウト寝てしまう。

夕食で起こされ、寝ぼけ眼で食事をし、お風呂に入る。

夕食の時間帯にかかっているテレビを22時ごろまで見てしまう。

22時から机に向かおうとするも、やるべき事が沢山残っていて全部片づけられる気がせず、またどれからやるべきなのかもわからないまま0時までダラダラと机に向かう。

当然全ては終えられず、また時間が時間なので1日の疲れが出てしまい、暗記ものも書いているだけでちっとも頭に入ってこない。

うつらうつらしてしまうので、布団に入ろうと机から離れる。

寝る前にちょっとだけ、とゲームを始めるかインスタを見始める。

ブルーライトのせいもあってか、なぜか目が冴えてしまい、そのまま夢中で明け方までゲームやSNSに没頭。

コントローラーやスマホを片手に寝落ちし、気付いたら学校へ向かう時間。


典型的ですね。

本人に、「どうして出しておいた毎日の課題が出来ていないのか?」と尋ねたところ、

「時間が全然なかった。」という答えが返ってきました。

これを、時間の使い方が上手な人に置き換えて、どうなるか想像してみましょう。


学校からの帰り道、電車に乗っている40分の間に出来る限り学校の宿題は済ませてしまう。それでもやりきれない分は、カフェか図書館によって帰宅前に済ませてしまう。

帰宅したら、夕食前までにやるべき事を明確にし、机に上に出した状態でちょっとだけリラックス。

でもまだやるべき事が終わっていないので、時間のかかるような事は絶対にしない。眠るにしても、アラームをかけて時間を決めて少しだけ寝る。

夕食前に残っているやるべき事を片付ける。多少夕食の時間が後ろに倒れることもあるが、仕方ない。

夕食後、お風呂に入ってサッパリ。その時点でまだやるべき事が残っていれば手早く片付ける。

あとはゲームをやったり好きなマンガを読んだり疲れているときは早めに寝たり、テレビを見たりと自由な時間を過ごす。

明日の用意をし、起きる時間を決めてアラームをかけて就寝。

予定の時刻に起床し、爽やかな気分で登校。


素晴らしいですね。

見ているだけで気持ちが良いです。

しかも後者であれば、親にも先生にも褒められることはあっても、怒られることは決してありません。

ところで、この理想的な後者の行動の中で、難しいことは一つも行っていないことがわかると思います。

どんな年齢のどんな人でも、だれでも当たり前のように出来るごくごく日常的な動作だけです。

違うのは、やりたい事とやるべき事の順番だけ。

でもその違いだけで、こうも時間の使いかたが改善し、なにより自分が楽に日々を過ごせるようになるのですから、こんなに良いことはありません。

与えられている時間が同じなら、それを上手く使った方が絶対に得です。

時間の使いかたが上手い人には良い結果もおのずとついてきてくれます。

ぜひこの記事を読んでくれている皆さんも、明日から上手な時間の使いかたが出来る人になって、余裕のあるすがすがしい毎日を送ってみませんか。

この記事を書いた人